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2012年 05月 26日
35歳の人間ドックで胃粘膜下の腫瘍がみつかりました。
最初2度は恐怖にかられて胃内視鏡検査を受診したけど、粘膜下なので表面はきれいだし問題ない状態に写ります。 人間ドックの結果表では所見には要精検とは印刷されるけど、毎回検診センターの医師が大きさを測って「変わりないですね」ということで安心して何年も過ごしてきました。 「まあ大きさが変らなければ経過観察していればよいのでは」ということです。 1度目の内視鏡では、研修医の教材のようになって時間が余計にかかって苦しい思いをし、2度目は鎮静剤が腕の血管を破り巨大な青と黄色のあざになりました。 そんな経緯から、特に変化ない限り2度とうけまいと思いました。 それが、一昨年から変化がちょっと出てきたようです。 その年から人間ドックの方針が変り、終了後の医師との面談が廃止されました。 希望すれば対応してくれたようですが、ついお願いしそびれて診断結果を郵送で受取り、そのままにしていました。それまでも毎年不変のままだったのでそのつもりになっていました。 でも、それまでの結果表とよく比較すると精検を受けるようにとの表現が前年までの文言と少し違って、やや強調した文言になっています。 昨年の人間ドックではそこがひっかかったので、あえて申し出てレントゲン結果について医師と面談しました。 すると、2cmだったものが2.5cmになっているという・・・ やはり専門医で診察を受けるようにとのことでしたので、元々肝血管腫でお世話になっている新橋の大学病院で消化器内科の主治医に相談しましたが、自分としては8年前に受けて以来「金輪際二度とやりたくない」胃内視鏡、それも更にキツイといわれていた超音波内視鏡をすすめられました。 しぶっていたら、「じゃあ妥協案として来年4月あたりに当院で胃レントゲンをやりましょう。その結果でその先の検査に進むか決めませんか」となり、先月検査受診。 その結果、5年前に肝臓の検査のために撮影したMRIに写ったものと比較しても明らかに増大している、大きさはレントゲンから測っても4cmに達しているとの診断でした。 ・・・・もう、逃げてられない。 仕方なく、恐れていた胃超音波内視鏡を申し込まざるをえませんでした。 昨年何気なく「こういうのって、後から悪性に変化するってあるんですか?」と質問した時の答え、「GISTという悪性のものに変化することはままあります」との医師からの返答が頭をぐるぐるとかけめぐっていました。 申し込んでから約2週間あまり、検査が恐ろしいのか結果が恐ろしいのかわからない不安定な心境のまま当日を迎えました。 恐る恐る内視鏡室に入ると、検査着に着替えをするようにと言われました。 他の患者さんは普段着のままなのに? こういうときは他の人たちと違う流れになると余計に不安になりますが、事前に、胃に水をためて超音波をかけるという説明があったのでその関係のようです。 着替えて、喉の麻酔を注入されるところまでは前回と同じ。 ゼリー状になったし、上を向いたまま飲み込まずにキープする時間が昔は5分だったものが1分になっているのもやりやすかった。 でもその後がイヤ。 超音波内視鏡という特殊性で、担当医師は特別なスキルをもつ人が必要なのでしょう、医師がなかなか決まらない。麻酔が切れそうで不安だし、自分だけまたされて他の患者さんはすいすいと検査ベッドにすいこまれていくというのに。 やっと呼ばれた先は、普通の内視鏡室とは別の超音波内視鏡室、大部屋ではなくて個室。 もうここまでくるとジタバタできず、指示のままベッドに上がり、鎮静剤の点滴針を打たれました。 ・・・あれ? 医師の戸惑う声。 「すみません、私の血管、やりにくいですね」不安から思わず医師に話しかける。 医師「ん~・・・・」 何度も血管を探る(←痛い) 医師「液、落ちてる?」 看護師「いえ、落ちてません」 医師「すみません。いつも採血等はどちらの腕でなさっています」 私「・・・右です」 医師「すみませんね。やりなおしていいですか?」 私「え~~~!!・・・・・・・・・・あ、はい」 左を下にして寝かされているので右腕ではなんとも不安定でしたが無事挿入。 そのあとは、入れた瞬間もわからず、看護師は眠ってしまってかまわないと言っていたけど、案外モニターをながめていた気がする。 終わって抜いた瞬間も今は覚えてない。 でも、これだけはちょっと困った。 実は組織は今日とれていない。 超音波で粘膜下の撮影はできているけど、組織をとるのは別の器具で針をさしてやらなければならないので、同日にはできないのだと。 なんですと?! そこまでいくかどうかは、28日の診断時までに医師と検査技師が検討し、方向をきめて伝えますとのこと。 これが、まだ麻酔が効いている状態での会話が私にはまったく理解力がなく、検査室を出てからまた質問するはめになってしまった。 ということは、28日にもらう診断は「シロ」か「グレー(再検)」ということです。 本日結婚記念日ではありますが、戦々恐々とした心境でどうもなかなかそういった気分ではありません。 また結果がわかったらここにお知らせします。 2012年 03月 27日
4年ほど前だったか、ある年の人間ドックで肝血管腫を指摘され、会社近所の病院で紹介状を書いていただき受診したのが最初でした。
造影剤を注入しての検査がどうしてもイヤで、東京J医科大学付属病院なら特殊なCTがあるとのことで紹介されたのでした。 それ以後、主治医として肝臓だけでなく、突然あらわれた意味不明な腸のしこりにあわてふためいて受診した時にも検査と診察をしていただき、「便秘とガスがひどくたまっているせいです。少なくともガンではないようですね。安心して旅行に行ってらしてください」との診断結果に、心底ほっとして上海へ旅立った2年前の秋。 その先生が今月でJ医科大学をお辞めになると聞いたのは、4月に予定していた胃粘膜下腫の精検結果の診察を変更したいと外来へ連絡したときだった。 診察の予約をしてた日に広島から親類が父のお墓参りにくるのがバッティングしたので、診察をずらそうとしたのでした。 親類が来ることになっていなければ、当日まで先生がお辞めになったのがわからなかったのか・・・ 伯父たちに変な感謝をしつつ、今日は先生に感謝のお手紙を書きました。 肝臓は、一応良性との結論は得ているけど、毎年CT検査をして診察を受け、ほとんどが土曜日だったので、「異常なくてよかったですね。今日もうららかな週末をお過ごしください。」とドアを開けて送り出してくださった笑顔。 変なしこりと腹痛であわてふためいて受診した私に、丁寧に説明してくださり、安心を与えてくださった先生は、病院の理念どおり、「病を診ずに、患者を診よ」を実践してらしたように思う。 あのような先生がもし精神科などにいらしたとしたら、鬱もたちまち治ってしまうだろう。 もし自分が末期ガン患者だったら、絶対この先生に最後まで診ていただきたい。 そんな先生でした。 本当に、お世話になりました。 2012年 03月 20日
力強いタイトル、予告編で観た栄光に輝く首相時代のシーンにひかれて観にいきました。
しかし、実際には認知症にみまわれた現在の暮らしぶりと、若い頃から首相時代までのシーンが比率では6:4くらいで、認知症ではないにしても老親に悩む私としてはいまいち元気になれなかったというのが正直な印象です。 当時、日本はもちろん世界的にみても女性議員自体が少ない時代に、ひとりで男性社会に立ち向かい、首相の座を勝ち取るサッチャー。 大不況にみまわれ、厳しい予算削減の政策をしいた中でのフォークランド紛争への派兵を決断、勝利、その後の景気好転まではよかったが、低所得者層への配慮ない一律税制への反発、そして再びの不況と紛争の中での退陣ではあったけど、頼もしい女性首相のストーリーだった。 涙するのは、認知症のひとつである幻聴、幻覚として8年前に癌で亡くなったという夫が幽霊のように現れて、サッチャーの周りで普通に生活し、話しかけ、ダンスをしたりしていること。 現実のサッチャーは夫が亡くなったことを忘れてしまっているようなので、その症状を映画として表現したのでしょう。 観ていて考えていたのは、年老いて若かりし頃を多少懐かしむのもよいが、それを現在の自分と比較して、若い時の日々にしがみついて生きるのはやっぱり寂しいということ。 お金に困らず裕福に暮らせたとしても、その残りの日々が輝かないのは悲しい。 老後の生活の心配も必要なことだけど、「どう生きるか」も今の私の年齢から考えて形にしていかないともの悲しい老後になっちゃうのかなと感じました。
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